ひとりごと

これが私のおみそ汁

松本真実

体裁を気にしてタイトルには「お」と付けたが、私はそんなに上品な家庭で育ったわけでもなく、小さい頃から「お」は付けないので「みそ汁」とさせていただく。

そのみそ汁を、私は毎朝作っている。
理由はトーストが苦手だからだ。あと手の込んだ料理を作るのも得意ではない。
必然的にごはんのお供としてみそ汁を食べている。

この間、太くて土付きのネギを買った。
一目見た時から、朝のみそ汁に入れてやろうと思って買い物カゴに入れたネギだ。
白いところを切ってみるとすごく水々しい。想像通り。これはみそ汁に入れたら絶対美味しいに決まってる。そのまま半分くらいストンストンと斜めに厚く切って、鍋に入れた。

寒い朝のみそ汁ほど心を癒してくれるものはないと最近思う。
年をとったからだろうか。
静かに煮えてやわらかくなっていく、私のネギ。
このネギのように、私もやわらかい人間になりたい。

外がまだ薄暗い中、静かな台所で一人みそをとく。
ぷかぷか浮いた白いネギと、豆腐と、わかめ。湯気が神々しさを演出して、みそ汁が完成したことへの達成感を覚える。
みそ汁が作れたくらいで喜べるのだから、料理下手も悪くない。

それにしてもこの白く輝いた厚いネギの美味しそうなこと。
するすると口に流れ込むみそ汁に対して程よいシャキシャキの、などと考えていたら二階のドアがバーンと開いて、寒い寒いご飯ご飯と言いながら次々と、居間の暖房目掛けて家族が降りて来た。
静寂の終わり、一日の始まりだ。

さあ食べなさいとみそ汁を盛り付ける。
食べ盛りの子どもたち、栄養源が私のみそ汁くらいしかない夫に、これでもかと盛り付けて、ごはんと焼き魚と共にテーブルに運ぶ。
「いただきまーす!」
よかった、今日もみんな元気だ。
ホッとした私が向かうのは、ペラペラの薄皮だけになったネギが数枚ほど底に張り付いた、ほとんど空になったみそ汁鍋。

このネギをかき集めて、自分のお椀に盛り付ける。
これが私のみそ汁だ。

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